イスラム国日本人人質事件について思うこと

まず初めに、人質事件にあわれた二人の日本人、及びご家族の方々の心中を察するに本当に悲しく、心を強く持たれることを願ってやみません。と同時に事件が無事早期に解決されることを祈っております。

 

この事件を聞いて私が考えることがいくつかあります。

 

一つ目が他の提言の中でもお話していますが、これからのテロに関して、その解決には強大な軍事力はほとんど役立たないことを改めて証明していることです。

 

いかに強大な軍事力を持つアメリカですらできるのは情報収集、テロに屈しないという大統領の非難声明ぐらいです。

 

これも他の提言の中や、主権者諸君への中でもお話していますが、最終的な解決方法、再発予防は何なのかと言うと、個の中に全体を見る私たち自身の心、気持なのです。

 

今回の日本政府も盛んに我が国の資金提供は人道援助だと伝えていますが、本当の意味で普段平素から、そういった行動をとっていなければ伝わらないのです。そういった意味で今回の政府の声明が相手側に伝わっているかと言えば、答えは否です。

 

私ですらうわべだけの安倍首相の声明に何の思いを抱くことがないのですから、相手にとってまったく気持ちのない声明は何の意味もありません。馬鹿にされるのが落ちです。

 

その例が数日前、日本滞在中のシリアから逃れて生活されている一人のシリア人男性の子供と、妻に対し緊急に日本政府がビザを発給し、感動的な三人の再会がニュースで報道されていましたが、今まであれだけ難民認定申請を却下した上、ビザの発給を拒んでいたのに、今回の事件が起き、解決が困難とみるやいなや、シリア人の顔色をうかがう見え透いた、安っぽい日本政府の対応にはうんざりしてしまいます。

 

日本人の被害がシリアで起きなければ今もビザの発給はされてはいなかったでしょう。

 

私が言いたいのは普段からの日本国としての思いやりを持った対応があれば、こういった事件は起きにくいし起こってもその対応は違ったものになると思うのです。

 

見え透いたその場しのぎの対応をいつまでも続けてはいけないのです。

 

今回、私がホームページを立ち上げているのも日本国、日本人皆が今までの価値観を少し変えて物や、お金や、便利さではなく、人への思いやり、他者の尊重に価値を置くべきことを伝えたかったからにほかなりません。

 

今回の事件を通じて、もう一つ思うことはイスラム国と言う実体は国家の体をなしていないかとも思われるが、どうであれそういった国が作られたことの持つ意味は、ウクライナのクルミア問題、イギリスのスコットランド問題を見ても分かるように、国家とは所詮、人が、人として生きていくうえで一つの手段にしかすぎないということを明らかにしているのだと思う。

 

世界への提言の中でも言っていますが、私たちは今、国家とは何なのか、イスラム国と言う一つの事象を通じて問われているのだということも認識しなければならないと思う。

 

2015年1月25日  文責  世界のたま   sign

 

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