日本国に生まれて(3)

日本国に生まれた私たち

 

時間というものを考えてみましたが、今、この時間に生を授かった私たち

 

日本国に今という時間にいる私たちは何をしてゆけばいいのでしょう。

何をしないといけないのでしょう。

 

手段を手段として考え、時間を立体的に捉えて今の世の中を見てみると本当に滑稽なことだらけであることに気付かされる。

 

国会での国会議員と閣僚、総理との意味のない言い争い、NHK会長と国会議員とのくだらない喧嘩、手段と目的をはき違え、直線的な時間軸でしか物事を考えることができない人間の典型的な行動です。

 

ただ、これらの行動が今までの時代では、まかり通ってきたことなのです。

 

道徳的に小学生以下の低次元の人達ばかりが今の日本国を動かしているのです。以前にもお話したことがありますが法を定立し、執行するためにはそれによって規制される人たち以上の道徳が必要です。

 

道徳的に低次元の彼らは、不思議にも社会的にはそれなりの地位にある人たちとされており、我が国の法律を作り、法律を施行していっているのです。

 

愚かな彼らを選んでいるのが私たちであるということを、今という時間を生きている私たちはしっかりと再認識しなければいけないのです。

 

何度も言いますが、まず、私たち一人一人が変わらないといけないのです。

 

先日の国会で、日銀の黒田総裁が会合で話したとされる日本国債のリスクについての話が取り上げられていました。返済するめどもない国債のリスクをリスクゼロの評価をしている今の金融当局の考え方がおかしいに決まっているのに、今後世界の格付け会社が日本国債をリスク評価されると問題が生じる可能性があるとの発言には驚いてしまいます。

 

国債という国家の債務である以上、国内資本が有していようが、外国資本が有していようが借金は借金です。そんなこと誰でも最初から分かっていることです。それを国民の財産などと都合のいいすり替えでごまかしてきただけのことです。この期に及んで、国債に対する世界の評価に左右されるなど、今の日本国の金融政策がいかに何も考えていないかが一目瞭然です。

 

ある省庁では数兆円もの使い切れない余ってしまう予算をつけるでたらめな国家予算を執行している日本国債を今後誰が買い支えてくれるのでしょう。

 

貨幣という手段に溺れてしまい本来の目的を失ってしまった国家こそが今の日本国なのです。

 

そんな世界にも例のない無駄なお金を使い、借金することでしか国家予算を作れない恥ずべき国家の総理でしかないのにアメリカ議会での演説を考えているというニュースを聞いたが、日本国も本当の意味で、地に落ちたとしか言いようがない。

 

そんな自分の外遊パーフォーマンスに無駄な税金と時間を浪費したいなら、そんな暇があるなら、総理を辞して海外旅行でも何でもすればいいのです。真剣にこれからの世代の子供たちのことを、日本国、世界のことを考えたならばそんな無駄で愚かななことはできるはずがないのです。

 

私は思うのですが、落ちるところまで落ちてしまった日本国ですが、今の時代に生きている私たち主権者一人一人こそが本当の意味でもう一度、手段と目的を取り違えることなく、立体的な時間の中ですべての事象を見つめ直さなければならないのです。

 

今の立憲民主制を顧みない政権や国会議員に踊らされることなく真の意味での誇りを持った日本国を作ってゆかなければならないのです。

 

そのことが立体的な時間の中で世界中の貧困や飢餓や戦禍の中で苦しむ人々を救うことつながるのです。

 

世界でもまれにみる豊かな心、団結力、寛容さ、そして人権、民主、平和を重んじる日本国憲法をもっている物質的にも恵まれている日本国で生きている私たちだからできることなのです。そして私たちでないとできないことなのです。

 

2015年2月22日  文責  世界のたま                         sign

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