愚かなる民への警告~絶滅への道を歩み続ける愚民たち

現在、コロナウイルス感染の最中で、世界中で起きていること、新しい日常として考えていること、それら、全てにおいて言えることは、私たち人類が、生き残るには、あまりにも稚拙で、滑稽の一言に尽きる。

私たち人類は、もはや絶滅への歩みを止めることはできないのか

1) 世界は愚民であふれている~愚民大国、日本

今年に入って以降、世界はコロナ感染問題に明け暮れている。
コロナの感染源を巡って米中対立、それらに加担する国々の中での非難の応酬、貿易を巡る制裁の発動も起きている。WHOに関しても米中対立の中、アメリカは分担金の拠出拒否、脱退もちらつかせている。

コロナ感染対策も各国様々であり、EU各国を中心とした都市封鎖を積極的に行う国があるかと思えば、アメリカ、ブラジルなどのように経済優先主義の国もある。
世界中で感染者、死者数は増え続ける中、各国は競って自粛緩和、経済活動の再開を始めている。

一方、航空産業、自動車産業、観光業界を中心に、利用者、購入者の激減により、企業の業績は悪化し、企業の倒産、失業者数は増大し、世界経済は混とんとしてきている。
そうした中でも、リビア内戦、イエメン内戦は激化し、アフガニスタンではタリバンとの停戦合意延長も微妙になってきている。又、イスラエルは、ヨルダン川西岸地区を事実上併合しようと模索しており、そしてインドでは、コロナ感染の最中、巨大台風による自然災害に見舞われている。

我が国に目を転じれば、コロナ感染の中で、検察庁法改正問題が大きな節目を迎えた。
安倍首相が、あれほど余人に替え難いとし、検察庁法に反して黒川元高等検事長の定年を延長させたが、当の黒川元検事長は、国民が自粛していた非常事態宣言の最中に、かけ麻雀をしたことが発覚し、自己都合退職した。結果的に、政府は、今国会において後付けで検察庁法の定年規定の改正を強行採決しようとしていたが、その悪だくみは、露と消えてしまった。

今回のこの騒動は、おバカな人たちによる森友加計問題、おバカな人たちが集まった桜を見る会、おバカな河合夫婦問題を含めた一連の流れの中で、権力のおごりの結果として、必然的に生じたものであり、三権分立や法の支配といった人類の英知が築き上げてきた現代立憲民主主義を、いとも簡単に破壊した。
確かに、政党内、政党間、検察内部、検察含めた行政府の稚拙なくだらない権力闘争の部分も見え隠れするが、多くのメディア、ネット、検察OB含めた多くの世論の批判にさらされた。

しかし、考えてみればいい。
前回のブログでも述べたが、今、自然は、自然の摂理の中で、着実に、ヒトという種の淘汰を推し進めている。
そうした状況も理解できないまま国内外で、現在、人間が行っていることは、本当に稚拙で愚かなことばかりである。それらを行っている人間たち、それらを許している人間たち、それらすべての人間は、愚民以外の何者ではない。

人間が神から理性を与えられたとし、その理性に基づき作り上げた法の支配は崩壊し、自然を恐れることを止めさせた科学も所詮は、石器と何一つ変わりはしないことが明白となった。
そして世界中の愚民たちは、死におびえるだけの絶滅危惧種に成り下がった。

2) なぜ世界中の民は、愚民化しているのか

世界中の民が、愚民となってしまっている理由は、私は二つあると考えているが、根本的には、その原因は、一つである。それは、記憶力喪失に尽きる。

記憶力喪失の一つは、長期の記憶力喪失である。
全ての人間は、一人一人、その生物学的発生、成長の過程で、母体の羊水中での過程を含めて、人類の発生過程を踏襲している。しかし、その過程は人の一生の中で非常に短い。
そして、その期間の記憶こそが、人類が自然との共存の中で生活していた太古の記憶であり、言い換えれば、過去のブログで何度も述べている自然との共通感覚に他ならない。
現代の自然との共通感覚を失った人類は、自らが自然の一部であることを忘れ去り、それどころか自然と対峙してしまっている。結果として、自らの存在基盤を破壊してしまっている。そうした中で、人類は、コロナウイルス感染を前にしてうろたえることしかできない。

記憶力喪失のもう一つは、森友加計、桜を見る会などにおける国会審議、証人喚問等で頻繁に見られた「記憶にございません」型短期記憶障害である。疾病としての短期の記憶力低下は、現代社会における認知症として、大きな社会的問題になっているが、ここで言う「記憶にございません」型短期記憶力喪失は、決して器質的な脳疾患ではない。
そうではなく、その原因は、過去のブログで何度も言っている現代社会における脳育不全に他ならない。どういった脳育不全かは、本能的精神活動を司る脳幹部と、合理的思考、短期記憶力を司る前頭葉を含む大脳皮質との連携不全、シナプス形成不全である。

幼少時期、人間も含めた自然との触れ合いの中でしっかりとした脳幹部が形成され、真の生きる力や、自然に最も近い脳幹部で自然との共通感覚がしっかりと培われる。それらがしっかり培われず、シナプス形成が不十分な中では、英才教育によって、前頭葉のみが肥大化する。
肥大化し、脳幹部との連携を失った前頭葉は、脳の機能としての短期記憶力はしっかりあるにもかかわらず、人間の生物学的本質(脳幹部)に基づかないうわべだけの虚弱な思考力の中で、一見理屈が通った答弁、すなわち屁理屈を繰り返すことしかできない。国会における「記憶にございません」型短期記憶力喪失である。

脳育不全の原因は、家庭での子育て、そして国が推し進める教育制度、教育理念にその本質的原因がある。
家庭での子育ての中における自然の中での遊びの喪失、五感を鍛える機会の喪失、夜遅くまで子供を飲食店などに連れまわすなどの脳育不全により前頭葉だけが肥大した親たちによる育児である。
学校教育の中においては、脳育不全により前頭葉だけが肥大した教員の増加、国が推し進める全国一律の指導要領、教員管理システム等々が諸悪の根源である。

現在、コロナ後の新たな生活の中で推し進められようとしているネット授業などは、更なる脳育不全を引き起こすことは火を見るより明らかである。新たな生活として、声高に各家庭に一台のパソコンの普及を訴える教育専門家、政治家は、愚民中の愚民の大バカ人間に他ならない。彼らは、企業の論理に洗脳された記号化された人間に過ぎない。

現代社会におけるそうした脳育、教育システムの中で、脳幹部が委縮し、生きる力を失った子供たち、屁理屈ばかり並べたてる前頭葉のみが肥大した子供たちが社会に旅立ち、今日の愚民社会を形成している。

現国会での短期記憶力喪失した「記憶にございません」型国会議員、おバカな首相、おバカな大臣だらけになっているのも、愚民化した有権者たちに、そのすべての原因がある。

投票率の低さ、これは、生きる力のない前頭葉のみが肥大化した有権者たちによる合理的無知(その有権者が投票しようとする立候補者が確実に当選しそうであれば、自分が投票してもしなくても同じだとして棄権し、確実に落選しそうであれば、同様に考えて棄権し、結果が予想したとおりになれば、投票のための時間を自分の趣味の時間に費やした方が、合理的であると考える稚拙な思考)

他方で、現代の政党中心の選挙制度の下で、愚民化した有権者がとる投票行動が、合理的非合理性である。ある政党や組織に所属している愚民化した有権者は、立候補者が毎回違ったとしても何も考えず、ただ政党や組織に所属する立候補者であるという理由だけで投票する。
確かに何も考える必要がなく合理的であるが、当選した国会議員が蓋を開けてみればおバカな「記憶にございません」型国会議員だったということも往々に起こりやすい。そうした場合、何も考えず投票した愚民化した有権者こそが、後から大騒ぎして非難するものである。政党などの組織は、今後のあるべき社会において必要悪以外の何者ではない。愚民化した有権者、愚民化した社会を作るだけである。

愚民化した社会においては、個々の人間の脳幹部はしっかりと成長しておらず委縮しているため自然との共通感覚も弱く、ヒトという種を超えた無限大の思考能力、真の意味での想像力が欠けている。
一方で、シナプス形成不全のため大脳皮質との連携が取れず、未熟な脳幹部の暴走により、本能的怒りやあらゆる本能的欲望の抑制が効かない。
アンバランスに肥大した前頭葉によって、自分たちにとっては都合の良い合理的解釈、屁理屈のみが、権力という後ろ盾の中でまかり通るいびつな愚民社会が形成される。

現在、我が国、そして世界各国で形成されている社会が、まさにそうであり、愚民社会ののものである。

3) 個人の安全と安全保障

何度も言っているが、個人の安全のための現代社会における安全保障制度、その対象は国家ではなく、個人である。

セキュリティジレンマ(自分を守るために武器を装備すればするだけ相手も同様に装備してしまう)によるセキュリティパラドックス(ジレンマの中で、自分の安心を得ようとすればするほど、逆に不安感の方が大きくなってしまう)の中で、リベラリストたちは、制度、規則を重んじて、国際連盟、国際連合、核兵器拡散防止条約、中距離核全廃条約などを作ってきた。それに対して、リアリストたちは、世界はアナーキーであることを前提に、現実的な力、同盟を中心に安全保障を考えている。

経済においてもWTO参加国も多数になり、現実的な解決が困難になっている中で、TPPなどを含めたFTA,EPAなどの数多くの試みがされている。
しかし、それらは、すべて国家を前提とした思考であり、全て時代遅れである。

先にも述べたように、現代社会における安全保障は、国家という地理的な横との関係での問題ではない。特にコロナ以降、顕著になってきている全世界で認められている経済的格差社会においては、富を蓄積したもの、結果的には権力を有するものと、貧しく権力によって虐げられているもの、それらのすべての一人一人の個人同士、すなわち縦との関係の中で問題をとらえなければならない。すなわち、安全保障のその対象は、個人である。

現在の国連、WTO,WHO,ASEAN,EU,NATO、日米安保等々様々な組織があるが、ある程度の存在意義があるにしても、所詮、それらは、国家を対象としており、現在世界で生じている個人の安心の解決にとって根本的な解決手段とはなりえない。
又、今後、世界は米中2極化してゆくとの多くの専門家の意見があるが、第三者的に評論するのは勝手であるが、今、私たちに必要なものは、評論ではなく、行動である。愚民化した社会をどうしてゆくのかが問題なのである。前頭葉肥大化愚民の多さを痛感する。

脳幹部と大脳皮質を強く結び付けた時、そこにあるのは評論ではなく、行動である。
安全保障の根本的な考え方を考え直さなければ、今までの国際政治学者たちの通説を見直さなければならない。
現実を考えろという雄たけびを上げ続けるだけの脳幹部が委縮し、前頭葉が肥大化した愚民政治家たち、学者たちを駆逐しない限り、それらの従前たる思考に踏みとどまる限り、何度も言うが、私たち人類は、絶滅危惧種となり果てるだけである。

4) 世界で起きている愚民たちによる愚民政治の現実

フィリピン ドゥテルテ大統領がフィリピン最大の放送局ABS放送局の免許更新を拒み、放送が困難になったが、応急的に再開された。政権批判に対する言論への弾圧に他ならない

ブラジル コロナ対策を取らず、多数の感染者、死者、アマゾンに住む医療もままならない先住民への被害拡大、アマゾンでの違法伐採、金の鉱脈での金の採掘のための滑走路の違法建設、結果的にコロナ感染問題が、アマゾンでの先住民含めた自然破壊を隠蔽する結果となっている。

アメリカ 10万人を超えるコロナ死者数、そうした中での、トランプ大統領の休日ゴルフ
マスク着用拒否の中での、マスク着用を巡り警備員が殺害されたほか、注意した店員などに対する暴力行為も発生している。
白人警察官による黒人の検挙時の絞殺事件が起き、その場にいた白人警察官3人が免職

香港 全人代における香港の治安維持に関する法律(香港国家安全法)の制定は中国の憲法に規定されているとの見解に対し、香港が香港でなくなるとした香港での民主化を求めるデモの再燃、そして参加者に対する検挙を含めた弾圧
それに対して、アメリカは、香港における金融制裁をちらつかせている。

EU コロナ感染拡大に伴い、公共交通機関を利用しての移動が減る一方で、軽自動車を利用することで3密を避けようと、軽自動車購入が増えている。地球温暖化のための公共交通機関利用の促進という従来の流れと逆行している。

インド スペインの高級ブランド衣類の生産をしているが、サプライチェーンの寸断によりスペインの納入先からの支払いの送金なく、インドの企業経営者は、事情は分かるが、今まで安い労働力のおかげで莫大な利益を上げてきているはずであると憤慨している。
中国との国境問題が再燃化しており、そうした中で、アメリカがインドに接近している。

ドイツ 国防省内でアメリカがすでに導入している戦闘ドローンの導入の是非を巡る議論が起きている。今までドイツでは、倫理的問題から哨戒のみを目的としたドローンしか使われていなかった。
かつてアメリカにおいては、ベトナム戦争で多くの死傷者を出したが、医学の発達などのため、それまでの戦争では死亡していた軍人も助かるようになったため、戦時、戦後の医療費含めた社会保障費用が膨大となった。1990年代軍事からの民間への転用で世界的に普及したネット社会、そうした中で起きた湾岸戦争は、遠隔操作で多くの人や施設を殺傷、破壊し、当時、世界中で使われた任天堂ゲーム機になぞらえてニンテンドウワォー(任天堂戦争)と呼ばれたこともあったが、バーチャルリアリティー(仮想現実)と現実との境がなくなり、そうした中では、人間とその生命は、記号化され、もはや生物学的意味を喪失している。

ネット技術、原発は、軍需産業からの民間への転用であり、現代社会においてあらゆる方面で利用されているが、それらが持つ由来としての本質は何ら変わることはない。
ロシアとのガスパイプラインがほぼ完成してきているが、それに対してアメリカが圧力を強めている。

オーストラリア オーストラリアは、アメリカと歩調を合わせてコロナウイルスの発生源に関する中国武漢研究所の情報公開を求めているが、それに対して、中国は、その制裁としてオーストラリアのワイン、小麦、牛肉の輸入停止を行った。オーストラリアは、農作物の三分の一を中国に輸出しており、生産者への影響が拡大している。

5) 愚民からの脱却

コロナ後の世界について多くの有識者たち、医学者、政治学者、経済学者らが、又、政治家、企業家などからも様々な考えが世界中で発せられている。

人類の絶滅危惧種化が、ほぼ確定してきているとする私自身の考え方と、現在の有識者と呼ばれている迷える民の意見と合わせて書いておこうと思う。

コロナ感染拡大に伴い、全世界で経済活動の自粛、停止、そうした中で徐々に経済活動が再開されてきている。しかし、現在なされている各国の政策に対しては、評価される一方で、問題点も多く指摘されている。

欧米含めた先進国はもとより、それ以外の多くの国々の中央銀行でなされていることは、大規模な金融緩和政策である。
リーマンショックを上回るというより、リーマンでの教訓もあり、積極的に早期の大規模な金融緩和策が各国の中央銀行でとられている。
アメリカFRBでも無制限での国債引き受け、ありとあらゆる企業、投資対象として危ぶまれる企業含めた多量の社債購入、企業への多額の融資、日本においても日銀黒田総裁が、年間80兆円枠を撤廃した無制限の国債引き受け、社債購入を行っている。EUにおいてはイタリア、スペインなどの国々への多額の復興支援、タイ、ブラジルなどでは、ドルの引き上げに伴う自通貨安に対して、積極的に社債買い入れなどを進めている。

そうした中で、企業利益、実体経済に反して、各国株式市場においては、潤沢に出回る通貨によって株価は上昇している。
多くの経済学者は、金融政策のみに頼りすぎた政策、大規模な社債購入に関しても不良債権化の危惧はあるとしながら、おおむね致し方ないとしている。
しかし一方では、そうした金融政策を続けたとしても、多くの企業家、経済学者は、世界経済のV字回復は困難とみている。
又、コロナ後の経済活動として、在宅勤務、文書や取引、会議のIT化、サプライチェーンの見直し、ジャストインタイム(在庫を持たない)の見直しなどが叫ばれている。

しかし、私は、今までのように、企業や、各団体、各地方が、それぞれに、それぞれの発想で対応することでは解決できないと確信している。
私自身、当面、今までの世界経済の流れの中で、ある程度の金融政策を中心とした経済政策はやむ負えないと思っている。しかし問題は、その後である。
労働者、学生含めた全ての国民の生活保障を、早急に行いながら、長期的視野に立った産業、企業の取捨選択がなされるべきである。

そのためには、私は、世界経済全体というより、今回のコロナ対策もそうであったように、資源を有していない日本であるがゆえに、国家としての愚民化から脱却した基本的な政策理念が不可欠であると考える。
絶対に曲げることのない基本政策を立て、それらの基本的理念に基づき、各企業、団体、地方が自由な発想で新たな経済活動を行うことが不可欠である。
決して、従前たる流れの中での経済政策にこだわってはいけない。

そしてその理念とは、①地球温暖化防止に沿った企業の育成、沿わない企業活動の停止 ②原子力、兵器など生産物の倫理的価値の無いものの開発、製造、販売の禁止、遺伝子組み換え生産物の禁止(生産物の倫理的価値の評価) ③可能な限りの地域完結型経済(農水産物含めた可能な限りの自給自足社会) ④雇用の確保維持と、働く意味の見直し(生きがい作り) ⑤無意味な欲望の喚起をなくす社会 等々である。

そして、それらの理念に基づいた自由な企業活動の下で新たな産業構造の変革を図り、世界のモデル社会を作り出し、その技術、理念の世界への拡大である。逆に言えば、理念に沿わない国家、企業、団体は、社会から一掃されなければならない。

今国会で、短時間の審議とも言えない審議で、議決されようとしているAIを駆使した徹底的な監視社会ともいえるスーパーシティ法案などは、企業の論理で推し進められており、又、人権の侵害に関わる条文の詳細もまったく白地であり、中国などが推し進めている人権弾圧国家とその方向性は同一であり、私が提唱する理念とは、真逆の政策である。

私の理念に基づく社会を作るためには、多くの人々の勇気と忍耐が必要であろう。
現社会で権力を有し、富を蓄積している多くの愚民との軋轢も生じるであろう。
しかし、私は断言する。
それしか私たち人類が生き残れる術はない

     2020年5月29日  文責  玉田憲勲

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