後藤健二さんが教えてくれたもの

シリアの地で亡くなられたと思われる後藤健二さんのご冥福をお祈り申し上げます。

 

私が後藤健二さんの殺害のニュースを知り、思ったことが二つあります。

 

一つは先日取り上げた自己責任についてです。

 

インターネットを通じた彼の言葉は本当の意味での彼の言葉ではないと思う。彼自身、ものすごく納得がいかなかったのではないかと思う。

 

彼も人間であり、旅立つ前に何が起きても責任は自分にありシリアの人を恨まないで下さいと話しておられたが、捕まって、実際には、死の恐怖の中で怖かったと思う。

 

生まれたばかりの子供を残して死ななければならなかったことはさぞかし無念だったと思う。

 

最後に一目でも家族と会いたかったとも思う。

 

私は、彼が旅立つ前に言っていたように、本当は、生きて帰りたかったと思う。

 

ただ、それらのことを含めても、私は思うのですが、彼は死の淵まで、自分のためにヨルダンの人たちや、いろんな関係者の人たちに迷惑をかけることを望まなかったのではないかと思う。

 

そういった意味で、交換がうまくいかなかったことを、内心はほっとしておられた気もする。彼自身が、生きて帰れないことや、湯川さんを救えなかったことについては無念だったには違いないが、彼自身の生き方の中では納得された最期だったのではないかと思う。

 

彼は、ジャーナリストとしても、人としても自己責任を貫徹されたのだと思う。

 

今の時代、特に、現在の日本社会の中で、自己責任をきちんと取れる人は少ない。

 

私は思うのだけれど、彼は日本人、私たちに自己責任とは何なのかを、命を懸けて教えてくださったのではないかと思う。

 

もう一つは、彼が殺害されたニュースが流れて以降、様々の報道番組、政府の記者会見を見ていて思ったことだが、彼が死をもって伝えたかったことが伝えられていないと思う。

 

安倍首相を筆頭に、政府関係者すべてがテロとの戦いに屈してはいけないとか、ヨルダンの協力に感謝するとかに終始しており、報道機関もイスラム国の脅威含めた、これからのテロとの戦いはどうなってゆくのかなどの専門家の話に終始している。

 

私は思うのだが、彼が死をもって伝えたかったことは、誰をも恨むなと言うことだと思う。

 

イスラム国がどうだとか、ヨルダンがどうだとか、今後のテロとの戦いをどうして行くだとか、彼にとってどうでもいいことなのではないかと思う。

 

彼が死をもって伝えたかったことは政府や、専門家が考えるようなことではなくて、単純に、誰をも恨むな、それだけなのではないかと思う。

 

彼自身の生き方が、相手がシリアであれ、アフガンであれ、政府要人であれ、難民であれ、金持ちであれ、貧しい人であれ、最終的にはイスラム国のテロリストであれ、彼にとっては同じ一人の救わなければいけない、報道しなければならない人間に過ぎなかったのではないかと思う。

 

たぶん、死の淵まで彼は人を恨むことはしなかったのではないかと思う。

 

私が彼の死を通じて思うこと、教えられたことが何かと言うと

 

己自身を捨てたところにしか、己の命をも捨て去る覚悟がなければ、真の平和は築けないということだ。

 

それは私自身がこのホームページで常に訴え続けている、個の中に全体があるということだと思う。

 

世界中で掲げられた、I am KENJI 彼の中に世界全体を見た瞬間だったように思う。

 

彼の死を通じて日本政府はアメリカと同様、軍事、警察権力で対テロ対策を声高に訴えている。このことは彼の死を、彼の生き方を否定するものに他ならないのです。

 

多くの人たちは私みたいな考え方は甘いとか、現実的ではないとか言われると思う。

 

しかし、現実を見てどうなのでしょう。

 

今までアメリカを中心とした軍事中心で、テロがなくなっているのですか。

 

無人機による無差別的な攻撃とテロとどう違うのですか。

 

安全保障の提言の中でも述べましたが、いくら軍事力、警察権力を強めたところで何の意味もないのです。国家が相手ならまだ軍事力が有効な局面もありますが、それでも強めれば強めるだけ、セキュリティジレンマ、セキュリティパラドックスなどが生じてしまうのです。

 

ましてや、テロ組織相手では、軍事力、警察力は所詮、無力なのです。

 

それが現実なのです。

 

後藤健二さんの死が教えてくれたもの

 

個の中に全体を見ることの非情さだと思う。

 

でも、それを乗り切らないと真の平和は来ないというも教えてくれた。。

 

己を捨てて人のために生きる。

 

そのことの中にしか解決方法はないのです。

 

己を守ることばかりしていても何の意味もないのです。

 

彼が命を懸けて私たちに教えてくれたことなのです。

 

2015年2月1日    世界のたま             sign

 

 

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