政治とは治者と被治者の同一性を図ることである~おバカな国民から脱却せよ!

先日、ローマ教皇フランシスコ法王が来日された 
訪問した被爆地、広島、長崎で、彼は、核抑止力の否定、世界平和にとって核兵器は抑止力になり得ず、それを可能とするのは対話、相互信頼のみであると述べた。
ある識者によれば、それはキューバ危機の際、当時の教皇が述べた言葉でもあった。
       
その上で、彼が強調した核兵器保有自体の否定、核兵器禁止条約の締結は、その当然の帰結である

そうした中で、11月18日千葉で開催された世界最大の経済的利益のみを追求する武器見本市、それは、ローマ法王が世界唯一の被爆国である日本に求めた世界平和の使命の否定以外の何物でもない。
歴史を振り返れば、第二次世界大戦後に起きた朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソ連によるアフガニスタン侵略、イランイラク戦争、湾岸戦争、カンボジア内戦、ソマリア内戦、中東戦争、イエメン内線、シリア内線などにおける米ソを中心とした武器供与の事実。
そして冷戦以降も、先進国は、安全保障に基づく抑止力を建前として、経済至上主義に起因する人類にとって何の意味も持たない武器輸出合戦を繰り広げている。

そうした中,この期に及んで、それらに参戦しようとする我が国日本国政府、それを許す国会、日本国民のその稚拙さ、無知さ、想像力の欠如、思考停止したそのおバカさ加減は、それこそ世界一の笑いものであり、恥以外の何物ではない。。

国内に目を向ければ、安倍総理主催の桜を見る会への地元有権者、反社会的勢力らに対する優先的招待、公金支出、そして河合杏里参議院国会議員の参議院選におけるウグイス嬢や地方議員買収疑惑、それらの直接的な金銭、利益の提供は、経済至上主義に洗脳され思考停止した無知な人間たちによる説明責任の否定、すなわち民主制の否定に他ならない。

そして、桜を見る会招待客名簿のシュレッダーによる廃棄処分(野党による国会質問と同時)は、森友加計学園問題における公文書の改ざん廃棄、海外派遣自衛隊の日報の廃棄と同様な事実である。
先日の身の丈発言で中止された英語の大学入学共通テストの民間機関導入問題に関してもその導入を決めた審議過程すら彼らは、情報開示拒否を貫いている。
これらはすべて説明責任の否定、すなわち民主制の否定であると同時に、明らかな国家的、組織的犯罪以外の何物ではない。

ここであえて述べておくが、政府による国会、国民への説明責任の否定が、何故、民主制の否定につながるかということであるが、何度も述べているように民主制とは、少数者が多数になりうる可能性である。そのために求められることは話し合い、討論であり、そしてその前提は多数者による説明責任である。説明責任の放棄されたところに民主制は存在しえず、そこにあるのは多数者による絶対的な専制政治だけである。例えば、中国のウイグル自治区におけるウイグル人に対する強制収容所での100万人以上にも及ぶ不当な逮捕、拘留、拷問、思想教育、洗脳は、ナチスによるユダヤ人大量虐殺と同様、説明責任なき専制政治、そして、その結果としての末路である。

政治問題化されているそれらの問題は予算の支出を伴うものでもある。言い換えれば、国民の税金の支出に関わる問題なのだ。そうした点で、彼らの行為は日本国憲法が保障する財政民主主義にも明らかに反している。

オーストラリアで収拾がつかなくなっている大規模森林火災、インドの大都市を覆う大気汚染、それらによる二酸化炭素を中心とする温室効果ガスの増加、結果としての地球温暖化は、イタリアベネチア、東南アジア諸国における海面上昇による浸水被害を引き起こしている。

中国で需要が高まっている飼い主が希望する同一遺伝子を持つクローン犬、ついにはサルのクローンまで人間は作り出してしまっている。ある研究者は、遺伝子操作を自然界における突然変異と同一視しているが、私は間違っていると思う。何故なら、そこに自然時間は存在していないのだから。

先日BBCニュースの中でだったと思うが、グローバル化の中、長距離を結ぶ旅客機の開発のため、長時間飛行に合わせて人間の体内リズムの調整を行うような報道がなされていた。我が国においても夜行列車が一部を除いて廃止され、徐々に自然時間は私たちの回りから消えてなくなり、作られた時間へと変わってしまっている。

今、世界では、国家、民族、宗教を超えて紛争が生じている。

アメリカがイスラエルによるヨルダン川西岸地区での入植活動を容認、又エルサレムへの大使館移転も行った。これは多数者、権力者による力による弾圧に他ならない。

イランでは政府による石油価格引き上げに対して国民は怒り、各地で集会、デモを行なっている。それに対して政府はインターネットを遮断し、死者まで出してしまっている。イラクでも反政府集会、デモが各地で起き多くの死傷者を出している。又、レバノン、ボリビア、ベネズエラなどでも反政府運動が沸き上がっている。香港においても、民主化を求めるデモ、集会が起きており、先日行われた香港区議会議員選挙において、民主派議員が三分の二にも及ぶ議席を獲得した。

これらは経済至上主義の下で生じた経済格差(1989年ベルリンの壁崩壊、2011年アラブの春もそうであったように)を原因としている。過去のブログでも述べたことであるが、現代の安全保障制度の実体は、経済的強者にとっての自らが獲得した価値に対する脅威の不存在に成り下がっている。言い換えれば、現代の安全保障制度は、経済的強者による経済的弱者への弾圧以外の何物ではない。

現在、世界中で起きている紛争は、経済格差が根底に横たわった国家や宗教、民族を超えた紛争である。そうした中で、国家を前提とした経済的強者のための集団的安全保障制度など何の意味もなさないばかりか、逆に、経済的格差に起因する国家、民族、宗教を超えた横断的な闘いを分断させる役割すら担っている。

世界中のすべての人の自己実現、自己統治を図るために必要なこと、それは政治が、治者と被治者との同一性を図るためになされること。そして人間が自然との同一性を図ること、それ以外の選択肢はあり得ない。

そして現在の混とんとした社会を引き起こしている最大の原因は、一人一人の国民に真の想像力がないからに他ならない。要するに、一人一人の国民がおバカなのだ。そして一人一人の国民をおバカにしている、その最大の要因が、おバカな政治屋、企業家、官僚、学者、研究者などの専門家にある。おバカな彼らが、国民を騙し、錯覚に陥らせているからに他ならない。現代社会の中で、私たちは幼小児時期からコマーシャルなどの情報の洪水を浴びて、欲望を喚起させられ、高等教育の中で経済至上主義的思考を叩き込まれ、拡大再生産を使命とする経済至上主義社会のみが正義であると刷り込まれる。その結果、経済至上主義から離脱すれば大変なことになるという恐怖心が国民に植え付けられ、おバカになった国民が、子供たちをおバカにする、おバカな国民の拡大再生産をし続けている。
しかし、実際はどうであろう、現在世界各地で年中実際に起こっている通信が途絶え、電気や水道などのライフラインも寸断された自然災害の中で、人々は助け合い、そして世界各地の戦場の焼け野原、瓦礫の中でも人間は頑張って生き延びてきている。
現代社会において、国家、民族、宗教それぞれのカテゴリーの中での問題解決は、最早、絶対にあり得ない。蓋し、その根源は、経済至上主義に起因した経済格差なのだから
そして科学の発達や、如何なる知識、如何なる政党などの組織をもってしても、経済格差から派生する諸問題を何一つ解決することは、決して不可能である。
唯一解決することができる術、それは、治者と被治者の同一性、人間と自然との同一性の理念であり、信念である。
最後にもう一度、言っておこう。
私たちは、おバカな国民から脱却せねばならない。
現在開かれているおバカな稚拙で、幼稚なくだらない答弁を繰り返している国会を見てもわかるであろう。
私たちは、これ以上、おバカな総理大臣や、おバカな国会議員、おバカな官僚たちを選んではならないし、許してはならない。
私たちに残された時間は少ないのだから

     2019年11月29日  文責  玉田 憲勲

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