今、日本で、そして、世界で起きていること(決して驕りや、焦りではない)

1)今、日本で起きていること

先日、東北震災での自主避難は自己責任であると発言し物議を醸した今村復興大臣が辞職した。二階堂幹事長のパーティーの席上での東北でよかったという発言が直接の原因であったが、そのあとの二階堂幹事長のマスコミに対する発言も、様々な波紋を呼んだ。
多くの意見は震災にあった人々、現在も大変な生活を強いられている人たちへの冒涜である。国会での絶対多数を背景にした与党、政権の驕りであるというものが多かったと思う。
その後、福島県出身で被災された吉野元環境副大臣がすぐに後任として任命された。任命後の談話で自身が被災者であり誰よりも被災者の方々の気持ちがわかるので、被災者と寄り添って行政にあったて行くようなことを、述べられていたように思う。

私がこれらの事実に対して思うことをお話ししておこうと思う。
 
まず第一に現在の、政権与党はもとより、与野党含めた国会議員の中に、果たして復興大臣の任を果たせる人がいるのかと問われたなら、おそらくいないのではないかと思っている。
世間では上記のように今回の一連の出来事に対して復興大臣個人の資質、安倍総理の任命責任を問う声がほとんどだと思うし、新たな復興大臣が被災者であるということで適任と思われているが、果たしてそうなんだろうか?と私は思う。
私には今回のことは安倍内閣の責任追及、大臣の据替という簡単な問題であるとは思っていない。根本的な問題は、安倍政権はもとより、与野党含めたすべての現国会議員の他者との共存を否定した党利党略的な考え方、というより一人一人の国会議員の個々人の生き様にそれらの原因があるとしか思えない。
蓋し、今回の件でいえば被災者である吉野復興大臣が選ばれたことでよかったと思われる人が多いいと思うが、果たしてそうなのだろうかと私は思う。何故かと言えば、逆に言えば被災という実際の体験をした人でなければ当事者意識をもってことに当たれないということを言っているようなもので、実際に体験しなければ当事者に寄り添った行政ができない人間しか今の国会にはいないということを暴露しているに等しいのだから
すなわち今回のことは復興大臣問題ということに止まらず、現在行われているすべての行政行為に言えることにつながる。沖縄の辺野古問題、各地の原発再稼働問題、待機児童問題、豊洲市場問題などで同じことが行われている証左であり、今回の復興大臣の問題はその氷山の一角に過ぎないと思う。

与党政権を筆頭とする体験しないと想像できない想像力の欠如、それは道徳観の欠如ともいえると思う。私にはそんな他者との共存を否定した大臣たちに、国会議員たちに国会や内閣などの国家の重要な立法行為、行政行為ができるとは思えない。ましてや国民の道徳教育などできるはずもないと思う。

今、日本で起きていることの原因は、想像力の欠如、言い換えれば他者との共存の否定であるが その原因は、自然との共存を否定した経済至上主義に他ならない。
そしてそれらが生み出している格差社会が富める者、権力ある者の説明責任の欠如を生じさせ、結果として現代立憲民主主義の崩壊につながっており、現実的に、今現在行われている連休も休まず強行日程で行われている共謀罪の審議(審議というより審議したというアリバイ作りであるが)、その先に待ちかまえている強行採決に他ならない。先日のブログでも書いたように共謀罪、特定秘密保護法、安保関連法により立憲民主主義の目的であると同時に手段でもある主権者にとって不可欠の内心の自由を私たちは失ってしまうことを忘れてはならない。

経済至上主義という点ではアメリカのトランプ大統領が行おうとしている法人税減税、海外企業の国内生産誘致合戦、他者との共存を否定した自国第一主義に基づく防衛予算の増額、一方では公園、学校などの社会資本の減額、教員の削減などの将来の人に対する投資の削減は、さらなる大量消費による環境破壊を促進し、格差を拡大させ、結果として更なる立憲民主主義の崩壊を引き起こすであろう。

アメリカに追従する我が国でも同様なことが起こっているのであるが、最近話題になっている物流関連の問題に触れておこうと思う。一つがヤマト運輸の配送時間制限 取扱量の削減 手数料値上げ問題であり、二つ目が日本郵政の子会社損失に伴う4003億円の損失計上問題である。
以前ブログでもお話したことがありますが、物流は経済活動、私たちの生活にとって欠かすことのできないものになっているのは事実ですが、環境破壊の大きな元凶でもあるのです。長距離を多量の物資が移動することで多量のエネルギー資源が必要です。また、今回のヤマト運輸で明らかになったように、アマゾンなどのネット販売を通じて更なる環境にとって無駄な大量消費、物流社会を巻き起こしている。
自然との共存との関連を考えたとき、確かに手数料値上げ、配送時間指定が難しくなる点など消費者にとって一見大変になると思われがちであるが、24時間コンビニの時間短縮なども併せて、私たち人間にとって最も核心に持たなければならない自然との共存という観点から考えた時、多少の不便の中、本当に自分たちにとって必要なものだけをできるだけ物流というエネルギー消費しない地元で購入するというライフサイクルを考え、実践するきっかけにしなければならないと思う。

2)今、世界で起きていること(世界を取り巻く自国第一主義)

世界中で、その程度は別にして、自国第一主義が叫ばれている。ヨーロッパではイギリスのEU離脱も含め、フランスでのルペン氏、ハンガリーでのオルバン首相による中央ヨーロッパ大学閉鎖、アジアにおいても多様性の中で発展してきたインドネシアの9割がイスラム教であるジャカルタ知事選において現職のアホック氏が敗れ、アニス候補が当選した。アニス氏は頭金ゼロで住宅建設促進による貧困層へのアピールをしているが、トランプ氏のアメリカと同様に多様性への否定に流れてゆくのであろうか。
そんな中でトランプ氏のアメリカが掲げる、自国第一主義の中での力による平和が果たして可能なのであろうか。
実社会では、南スーダン、ソマリア、アフガニスタン、シリア、イエメンに加えて北朝鮮問題が大きな問題になってきている。
そうした中で、今、平和を守り、戦争を起こさないために何が必要なのかが改めて問われていると思う。
戦後、世界は国連を中心とした集団的安全保障、そしてアメリカを含むNATO、それに対するソ連を中心としたワルシャワ条約機構などの集団的安全保障制度の中で自国の防衛を行い、戦争を回避してきた。
ソ連が崩壊し、ワルシャワ条約機構が解散する中で、東西冷戦も終わりを告げ、平和が訪れるかに見えたが、世界各地で民族紛争、宗教の違いによる争い、テロが増え続け、安全保障理事国中心の国連ではそれらを防ぐことは困難になってきている。

そしてこの度の北朝鮮に対するアメリカによる空母派遣、迎撃ミサイルサードの韓国配備、米韓、日米の軍事演習、そんな中での中国の空母建造、昨日もそれらに対し北朝鮮はミサイルの発射実験を行っている。

中国、ロシア、アメリカ、日本などの各国の首脳は、彼らだけで解決できると思い、盛んに連絡を取り合っている。いや解決できるとは思っているわけではなく、自国第一主義の中で自国を守ること、自国の経済至上主義にとって最大の利益を求めて、もしくは自分たちの現政権にとっての政治的な最大の利を求めて行動しているに過ぎないと思う。
そもそも北朝鮮問題を考えるとき、何故朝鮮半島が分断され、現在に至ったのかを考えなくてはならないと思う。1910年の日本による植民地支配を経て、戦後ソ連、アメリカによる東西冷戦の中、南北に分断され、1950年に、は北朝鮮の金日成が、中国の毛沢東、ソ連のスターリンの了承の中で、朝鮮戦争を引き起こし、現在に至ったのだ。
そして北朝鮮の核保有について言えば、そもそも誰が開発して、保有して、使用したのか。それらがなければ今の北朝鮮の核保有問題は生じていなかったはずだ。自分たち自身は核廃止どころでなく更なる核保有を進めている。
彼らがよって集まって話し合ったところで、何事も彼らによって解決されることはないであろう。
それはバカの一つ覚えのように思考停止したまま彼らに同調しようとしているうぬぼれて、核心のない国家、日本も同様である。

そんな中で、私は、戦争の原因は何なのか、それを防ぐための思考の対象は何を考えればよいのかを自問自答している。

二つの大戦を経て規範や制度で防げるとしたリベラリストに対して、それらの大戦を防げなかった現実の中で、リアリストは安全保障における国際システムをその対象として考えてきたし、今でも多くの国の国民の中心的な考え方はそうであるとは思う。

しかし、現実的には自国第一主義のもとで、北朝鮮はもとより、アメリカ、中国、ロシア含めた大国は安全保障の対象を国家に求めてきている。
私は、それは過去のデジャヴに過ぎないし、その結果も歴史が証明している。

現代を生きる私たちは決して歴史の中に閉じこもっていてはいけないと思う。

私は、安全保障の対象は、意思決定者たる人しかありえないと思う。その実現方法としては手段としての国家を通じてなされるとは思うが、国家そのものを直接的な対象としてはいけないと思う。
現在のアメリカが自国中心主義をとろうとしても自国ですべてが賄えるとしても現実的には他国との関係は経済、環境、安全保障面でも不可能である。
アメリカが地球に存在する限りは

今、日本で起きていること、世界で起きていることを考えた時、私たちは、現実的に目の前で起きていることを、つい自分中心で考え、例えばオリンピックがあるからテロ対策のために共謀罪が必要である、北朝鮮がミサイルを撃つかもしれないと、おバカな安倍さんや政府与党から言われると、そうなのかなと考えてしまう。確かにテロやミサイルの恐怖はわかります。おバカな人たちに賛同したくなる気持ちもわかります。

しかし、よく考えてください。共謀罪が成立し、監視社会となり、特定秘密保護法との兼ね合いの中で万が一、不法逮捕されても、物言えぬ社会では、おそらく今は信用している周りの人たちの中で誰が不法逮捕された人のために自らを危険にさらしてまで助けてくれるでしょうか?
誰もが自分がかわいいように自分が不法逮捕されてまで救ってはくれません。そして万が一生き残れたとしても北朝鮮がそうであるように、安全保障関連法の下で安全保障の対象を国家と考えるおバカな人たちのために共謀罪の恫喝の中で戦争に駆り出されることは間違いのないことなのです。
今、日本で起きていること、世界で起きていること、それらは現代に生きる主権者たる私たち一人一人に問いかけているのです。
私たちが歴史の中に閉じこもったまま歴史を繰り返すのか、経済至上主義を捨て自然との共存、他者との共存を図って生きてゆくのかを

 その選択を私たちに投げかけているのだと思う。
 そして私たちが選択する時間も限られていることをも

    平成29年4月30日   文責  世界のたま

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